隣人の歌声と後ろ姿

つい先日、引越しをした。

前の家では、約4年半の時を過ごした。

前の家に移り住んだ瞬間から、人生がエキサイティングに動きだしたような気がしたので、とても感慨深い場所だ。

田村正和をもっと一般受けしそうなハンサムにした感じの管理人さんには特に感謝したい。毎朝の挨拶が嬉しかった。

このままつらつらと美談を語るような感じになりそうだけど、そんな美しい思い出を払拭してしまうくらい劣悪な住環境であった。

引越し先を探している時に、前の物件の良いところと悪いところをメモっていたので貼っておく。

良いところ

  • ・家賃が格安
  • ・管理人さんがすごくいい人
  • ・24時間ゴミ出しOK
  • ・シンクが広い
  • ・キ○タクの家が超近い
  • ・中目黒駅近、自然豊か、マーケットも充実

悪いところ

  • ・物件の名前が恥ずかしい(大家さんごめん)
  • ・狭い
  • ・全部屋、キーっと錆びたドアの開閉音が最悪
  • ・風呂、トイレ一緒が最悪
  • ・洗濯機置き場が外で最悪
  • ・床の質が悪い(驚くほど汚れやすい)
  • ・埃がやばい(理屈では説明できない埃の発生具合)
  • ・換気扇ほぼ効かない
  • ・隣の人の料理の匂いも煙も入ってくる
  • ・シーリングライトが無駄に2つ
  • ・住民の質が悪い(夜中に外国人が騒いでいたり)
  • ・夏は物件の廊下でゴキブリが歩いてる(部屋には出なかったが)
  • ・隣のDJの重低音がうるさい
  • ・エアコンがすぐ臭くなる
  • ・定期的に火災報知器が誤作動を起こす..
  • ・隣の人の歌声

シンプルにまとめると、古くて、汚くて、ボロくて、使いにくくて、住みにくいが、格安で中目黒が近い。まだまだ他にも色々書きたいこと沢山あったけど、引越してしまうと、辛かった記憶は一瞬にして薄れていくので、人間というのはよくできている。

ちなみになんでそんな部屋に住んだかと言うと、さらにそれ以前の物件は、壁が激薄で隣の人の「ウフフ」という甲高い笑い声(通称:高笑いさん / 男性)が気持ち悪かったことと、どんなに努力してもゴキブリが出てしまう環境に憔悴していて、更新直前で「もう、ここにはいたくない..!」と思いギリギリで更新をしない旨を連絡して、慌てて内見もせずに家賃と立地と直感だけで申し込みをしたのだ。当時はとにかく金がなかった。。

*

話を戻して、「悪いところ」の最後に書いた「隣の人の歌声」の話で締めたい。

これは隣に住んでいた女性の歌声のことだ。越してきたばかりの頃は、うるせぇなぁと思ったし、一生懸命歌っているけど、上手くないし、鈍くさい声だし、曲(オリジナルぽい)のセンスねぇなぁ、、とか思っていたけど、意外や意外にスルメ系の歌声で、住んで3年が経つ辺りから徐々に好きになってきた。

嫌いだった歌声を好きになったのは、きっとあの時かもしれない。

僕が外から返ってくると、その日の彼女は普段と違って、狂ったようにシャウトをしていた。もうそれは歌というよりも心の叫びだった。表現とかそういったものを超えていて、ただただ悲痛な叫びだった。

きっと彼氏と喧嘩とかしたんだろうな。もしくはライブごっこしていて、昂り過ぎたのかもしれない。

僕はその自分の部屋にまではっきりと聞こえる、真実のシャウトを聞きながら、彼女の隠れたパンクスピリッツに驚きつつも、「すげぇいいじゃん、もうぜんぶ出しちゃいなよ」と、壁越しに彼女に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。

その日から彼女の歌声と、シンガーとしての彼女をリスペクトするようになった。

彼女の歌声を聞けなくなって一週間ほど経つが、今日も彼女は歌っているのだろうか。

もし彼女が音源を出しても聴かないだろう。そもそも彼女はどんな顔をしていて、どんな名前なのかも知らない。

僕も堂々と歌う彼女の声につられて、日常的に大声で歌っていたこともあり、気恥ずかしくてお互いが顔を合わせないように生活していた気がする。

引越しが終わり、もぬけの殻になった家を確認しに行った時。彼女の部屋のドアがガチャっと開く音が聞こえた。その時だけは、なぜか反射的に急いで外に出てみたが、彼女の後ろ姿が一瞬チラッと見え、マンションの廊下の角を曲がり消えていった。

とっさに心のなかで言った「これからもお互い頑張ろうな!」と。