2015年とわたし

※この文章はマジで自分の思った事を無責任に素直に書いています。

2015年は、形として残したものは非常に少ないが、多くの内面を手に入れた。
一番成長したのは、ズバリ「コミュニケーション能力」
でもこれは、いわゆる仕事ができる人が持つコミュニケーション能力とはだいぶ異なる能力だ。ちょっと話は逸れていくけど、自分の人生を振り返ると自分の長所が見えてくる。自分は学生時代であったり、バイト先・会社であったり、そういうコミュニティの中でいつも真ん中にポジショニングしていた事に気づく。

コミュニティというのもある程度の規模になると、たんなる友達グループであっても、ある程度派閥や上下関係が形成される。A君とは仲良しだけど、B君とはそれほどでもない、というような状況っていうのがでてくる。それが人間だしコミュニティだと思う。自分は常にその真ん中にポジショニングしていた。つまりコミュニティのメンバー全員と仲良くする才能があるのだ。その上、敵がほぼまったくいない。

コミュニティ内で、例えば、Aグループ、Bグループ、Cグループと実は3つに分かれていても、僕はその3つのグループ全員と仲良くする事ができる。考えてみると、今まで31年間生きてきて、友達で悩んだ事もなければ、友達ができないかもと心配になった事も友達を意識して作ろうとした事もない。何とも恵まれた人生で、気づけば皆と仲良くできていた。親に感謝なのかもしれない。

今年改めて自分を見直す機会があり、自分の才能が「それ」だと気付いた。そこで自分の中で何かが吹っ切れたのだ。「誰かと政治的に議論して勝たなくてはいけない」「自分の意見やアイデアを他人と戦って貫き、勝ち取り、皆を動かさなくてはいけない」「見事に仕切り、人を動かし、リーダーシップを発揮しなくてはいけない」という事に囚われていた自分にはとても大きな気づきであった。こう見えて、自分もリーダーになりたかったし、大物になりたいという夢を持っていたのだ。いわゆるリーダーの才能がない自分に、自分なりの他人へ影響を与える方法があるという事に気付いたのだ。リーダーシップの多様性に気付いたのだ。あとは場数でしょって感じ。

僕は今年は他人と楽しむ事を目標に生きてきた。お陰でだいぶ楽しめた。この10年くらいでもトップクラスに色々な人と遊んだ。来年はもっと自由に暴れてやろうと思っている。2016年は仕事の年になると確信している。今まで充分に楽しい生活だったけど、さらに楽しく何より自由にやっていくためには、もっと力が必要だと感じた。そのための道筋が見えてきた気がする。

僕はもっと楽しみたいし、楽しませたいという欲望がある。IT業界(死語かも)やUI / UXデザイン界にはそれが足りていないと感じる。簡単に言うと皆超優秀な故に生真面目な人が多すぎると思うのです。だからもっと楽しく切り開いていく必要があると思う。ジョブズを崇拝する人は嫌いだけど、彼もLSDの摂取がとても重要だったと告白している。僕も今考えると言えないくらい沢山の悪事を働いてきた。でも、それが今の広い視野と柔軟性を生んでいると思う。僕は「なんかあの人面白いし、癒されるよね」あと何才になっても「カッコイイ」と言われたい。そんな路線でいきます。これ書いてたら2016年になってたわw
ちょっと適当に書きすぎた。また追記するかも、皆さん良い1年にしようね!